左官職人の想い

最近の仕事は、やはり簡素化というか、新しい工法というか
省くところを省いて作業をスマート化して短い納期で仕上げる、
というものが増えてきた。

そんな中でも、
私は漆喰仕事にこだわりたいと思っている。

この大宇陀は古い家屋が多いから、
それらの補修や塗り替えは、
できるだけ古い工法や昔風の漆喰でしていきたい。

左官職人・宮奥定二

漆喰とは

漆喰とは、フノリ(海藻)を沸騰させたものにオスサ(縄を細かくしたような麻などの織繊。つなぎとなる)と石灰を混ぜ、さませたもののことをいう。

漆喰仕事にしても、近頃は表面のみを塗るという感じになってきており、真から土を使って壁を塗るような、昔ながらの工法は減ってきている。時間がかかるからです。

土で塗る作業はどうしても時間がかかる。
昔の木造建築は、出来るまでにだいたい一年もの時間を費やしていた。
それだけじっくりと時間をかけて確かなものを作っていた。現代建築は簡略化ができるようになって、工期を短くすることができるようになったが私はそれよりも昔風のどっしり落ちついた建物の方が好きだ。

私が子供の頃聞いた話に、昔はかかった工程の数で家を評価したというものがある。一軒の家にどれだけの労力と時間をかけたかが家の「重み」となった時代だったのかもしれない。

現代でもそれだけの手間暇をかけることができれば、かなり立派なものができるかもしれないが…。

先人からの伝統技術

職人仕事とは

職人の仕事は、真似るというか盗むというか、人のしている仕事を見よう見まねで吸収する部分がある。教わるよりも体で覚えていくという感じ。現代工法の建 築なら1年くらい経験をつめば一人前になれるかもしれないが、昔ながらの工法となると、いっぱしになるまでに何年もかかると思う。私も自分を一人前とは 思っていない。まだまだという感じ。これでよしということはない。

結局、研究をし続けていかないといけないから、それなりに技術が上達していっぱしになってから後の方がしんどいと思う。

施主の中には工務店を経由せず、直接「仕事をしてほしい」と声をかけてくれる人がいる。

こういう昔気質のやり方でも誠心誠意やっていたら現代でも認めてくれて、「あの人だったら」と言っていただけるのを本当にありがたいと思う。

先人の仕事と現代左官

壁の補修をしていて、先人たちの仕事の跡を見つけ、感銘を受けることは大いにある。
とにかく手間隙をかけて、何層にも重ねて仕事をしている。

私たちの仕事は、最後の仕上げで形の残る仕事だから、現代風の仕事と同じ工程であっても、使う材料は昔風なものにしていきたいと思っている。

そうすれば、持ちも違うし、何より昔のいい技術を残し、伝えていくことにもつながると思っているからです。 塗ってしまえば、「ああきれいに白く塗ってあるなあ」というものですが(笑)。「やまびとインタビュー」より抜粋

脈々と受け継がれる伝統技術

大宇陀区を中心に活躍する宮奥左官工業の後継者として、父とともに町内の家壁の修理などを手がける。「最高の親方」と尊敬する父に仕込んでもらった技術で 02年度の1級左官技能士の国家試験を受験し、金賞を受賞。

また、“全国町家再生交流会”“京町家作事組”などシンポジウム、地域で活動している各種団体 との交流を図り、自身の左官職人としてのスキルアップを図っている。

年を経るごとに劣化していく壁などと戦えるのは自分の腕だけ。

表面に塗る漆喰だけでなく、竹を編んだ下地づくりから良質の素材を使い、適切な加工をしなけ ればならない。どんなに壁の表面をきれいにしても、見えない部分で手を抜くと劣化が早い。目に見えない仕事こそ大切です。「朝日新聞」より

漆喰壁・土蔵・竈(かまど)・土壁の補修・塗り替え等、左官工事のことなら何なりとお気軽にお問い合わせください。

先人の知恵

宇陀松山地区内で見つけた先人の知恵

江戸時代の町屋に使われていた木製の建具(おそらく上げ下げ戸)の戸車はお金だった!?

老朽化のため解体された建物の跡地に残っていた廃棄処分の建具(雨戸)なにげなく戸車を見てびっくり!?銭形平次でおなじみの“寛永通宝”を数枚重ね合わせ中心の四角い穴を円形に加工 建具の戸車として使用していた。

古い建物は先人の知恵が詰まっていると感じた事例のひとつです。

左官職人の絵心

土蔵の窓の上に雨よけの庇がついていますが、その屋根を支える袖(持ち送り)に模様が描かれているのをよく見かけます。

その工事に携わった職人の技術力、遊び心がよく表れている部分です。しかし漆喰に描かれているものは改修工事など塗り替え時に消失してしまう運命にあります。

各地に残る特殊な“鏝絵”“伊豆の長八”の作品のように芸術品と評価される大掛かりな物なら保存される可能性もありますが、大半は人目につかないうちに消えて行くのが常です。

宇陀松山地区の江戸時代創業 老舗の造酒屋の土蔵改修工事で創建当時の職人の遊び心の名残を発見しました。
“唐草”など伝統的デザインが多いのですが、縁起が良いとされる白兎が一筆書きのように生き生きと描かれていたのです。
塗り替え工事なので当然削ぎ落とすことになったのですが、その前にカメラに収め、絵柄部分の漆喰は廃棄するには惜しく今も保存しています。絵の才能の無い自分にとってはとても感銘を受けました。

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